八幡浜船の綱で身を縛った死
どんな伝承か
柳田国男の紀行のちょうど二年前、伊予八幡浜の船が臼杵近くのセメント会社の工場へ粘土を運ぶ途中、豊後水道で難風に遭った。乗組の六人はことごとく死に、船とともに大浜村の浦へ漂着した。彼らは皆、船の綱でしっかりと身体を縛りつけて死んでいたという。臨検した郡役所の吉野が語るには、六人とも手掌の皮が剝けるほどよく働いた者たちで、十五、六の少年が綱の最も細い所で船に括りつけられ、四人の若者も同じ綱に順々に結ばれていた。四十二、三の船長は太い縄で腰を一重に縛るのみだった。帳面も紙幣も素肌に巻きつけてあり、書置きはなくとも顛末はすぐに知れたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。