流人を分けた書き判の階級
どんな伝承か
八丈の島役人は流人の扱いに一つの工夫をこらしていた。流人には武士あがりと無宿の博徒とがはっきり二種類あるのに、待遇を分けようとすると基準が立てにくい。そこで文政の初めごろから、一人ひとりに書き判をさせることにした。花押を持つほどの者ならまず教養があると見てよく、その者たちを寛大に遇しておけば、残りを厳しく監視しても不平が出ずに済む。わずかな差ではあるが当人の慰めにもなり、身持ちを慎ませる効き目もあったらしい。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。