享保の与兵衛・萬之助の島抜け
どんな伝承か
八丈島の島抜けは、享保七年に与兵衛と万之助の二人が島人の漁船を盗んで行方知れずになったのを最初とし、その後前後十三回ほど繰り返された。ほかに三宅島で日和待ちをしている隙に逃げ出した例も何度かあり、そうした者は海に溺れたり、見つかって殺されたりしている。八丈を離れた者のうち、国もとへたどり着けなかった者も多かったろうが、その消息はもとより伝わっていない。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。