久那右衛門の帰宅と自害
どんな伝承か
万延元年の島抜け暴動でさえ、流人たちは水汲みと呼ばれた妻に助けられて陰謀を進めていた。秘密はついに女房たちの口からは漏れなかったという。首謀者の一人久那右衛門は、もう一度子どもの顔が見たさに、そっと自分の家へ戻って来た。だが家の内へは入れてもらえず、その場で咽を突いて死んだ。島に仇をなす者すら最後まで島の家を愛していたので、多くの流人を穏やかな永住者に変えたものは、必ずしも制度の力ではなかったと柳田は書く。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。