流人の妻を呼んだ水汲み
どんな伝承か
流人にとって思いがけない抜け道が、島の女との婚姻であった。八丈では女がよく働き、男に養ってもらおうという気が薄い。縁があれば流人の嫁にもなり、家を構えて明日の食べ物の心配を夫にさせなかった。島ではこうした流人の連れ合いを水汲みと呼んだ。安永三年に代官は、水汲みは子を産んで島に居つき乏しい食料を減らすから今後は置いてはならぬと達したが、そんな不自然な禁令が長く守られるはずもない。近藤富蔵も浮田中納言の子小平次の後裔という女と連れ添い、娘や孫を島の人にしている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。