臭気で鬼を追うヤラクサの年越
どんな伝承か
関東以西では柊の枝に鰯の頭を刺すのは節分の夜の行事となっているが、下北ではこの十四日の年越に、魚の鰭や魚の皮などを焦がして餅とともに串に刺し、すべての入口、窓という窓に挟んで、それをヤラクサと呼んでいた。つまり臭気のあるものをもって、鬼を追い返そうという目的から出たのである。八戸などでいうエンブリを、この辺りでは仙台などと同じく田植と呼び、十五六日の二日、幾群ともなく回って来た。杯を摺る男の名を藤九郎といい、歌うのは田植唄であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。