神女の子が住む三霊山と山住神社
どんな伝承か
秋葉山の信仰は近世に入って大きく広まったが、今の社地はもとは奥の山から移ってきたものらしいと柳田はいう。火災を防ぐ大きな力があると信じられたのは、この奥の山の山霊だった。かつて神女が三人の子をもうけ、三つの霊山に分けて住まわせたという話も伝わる。その一つの常光寺山は水窪川の左岸近くにそびえ、南の面には山住神社があって、今も世間ではこれを秋葉の奥の院と考える者がいる。山住神社から尾根を南へたどると、本道へ下りずに秋葉へ通じる眺めのよい路があったという。
原典より
會て神女が三人の子を儲けて、それを三つの靈山に分ち住ましめたといふ話もある。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。