窪川から幡多・伊予の純白山茶花
どんな伝承か
九州を旅して機会があるごとに白山茶花の話を人々として歩き、その古名がカタシであったことを確かめた。ところが本年の十一月に土佐の西部を旅行し、窪川の高原に入って見ると、ここに再び数えきれぬほどの純白の山茶花を見た。そしてそれが断続して幡多の村々から伊予路にまで及んでいることを知ったのである。狭い一処の経験というものは、いつでも見当ちがいの歴史を書くものだと思い当たった。郷土の特徴とか地方色とかいうものは比較によらなければ判るわけがない、と柳田は書いている。
原典より
ところが本年の十一月に、土佐の西部を旅行して、窪川の高原に入つて見ると、…—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。