越後東蒲原の高倉天皇陵
どんな伝承か
越後東蒲原には、いわゆる高倉天皇陵がある。この天皇は在位も短く記録の豊富な時代の方で生涯に隠れた点はないのに、はるばる旅をしてきたと信じる村が北国の田舎にあった。東蒲原郡側の『温故之栞』第二十四編には、天皇が世の乱れを厭い、伊豆守仲綱らの武士を案内として来て留まった小川荘上条谷と、この地で神隠れになり遺骸を葬ったと伝える中山の御廟山が記されている。近ごろは地方の学者の意見に従い、高倉天皇は高倉宮の誤りだとすることで一致しているが、柳田はそれは伝説を信じやすくしただけで、話の元の形がそうだったかは別問題だと指摘する。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第4巻』は、柳田国男の著作を集めた定本の一巻である。岩手県遠野の伝承を佐々木鏡石から聞いて書いた「遠野物語」、山に入った人や神隠しを論じた「山の人生」、河童・ひだる神・一つ目小僧・天狗などを扱い妖怪名彙を付す「妖怪談義」を収める。ほかに「山人考」「史料としての傳説」「比丘尼石の話」「山人外傳資料」「『イタカ』及び『サンカ』」「山民の生活」など、山人・漂泊民・妖怪をめぐる論考を併せる。