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駕籠の中で自害した重忠夫人の駕籠塚

所在地神奈川県横浜市旭区鶴ケ峰本町(駕籠塚)
年代元久二年(皇紀1865年)
登場畠山重忠、夫人の夫
出典行楽と史蹟の武蔵野

どんな伝承か

鶴ヶ峰の畠山霊堂から、堂守の和尚の案内で竹藪と松林を抜けて三丁ほど行くと、杉木立の中に六ツ塚とほぼ同じ形の小さな塚がひとつ寂しく残っている。枯れ草に覆われ竹垣に囲まれたその塚の傍らには「重忠公内室の霊」と書いた標柱が立ち、駕籠塚と呼ばれる。和尚によれば、重忠の戦死の後、夫の最期の地を訪ねてきた夫人が、乗ってきた駕籠の中で自ら命を絶ったので、供の者たちが夫人を駕籠に乗せたままこの地に葬ったと言い伝えられているという。

原典より

『それで、重忠公戰死の後、夫君の終焉の地を訪れた夫人は、その乗つて來た駕籠の中で自害をしたので、供の者は夫人をその駕籠の儘此處へ葬つたものだと言い傳えられて居ります』—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))

『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。

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