お鹿狩と旗
どんな伝承か
葛南病院の前に、木の茂ったわらぶきの農家があり、山中家といって語り手の代で十七代目、家の周りには堀がめぐっていた。この家には徳川将軍の御鹿狩に使った旗が伝わり、山中のじい様がこのあたりの人足を集めて狩り出しに出たという。旗は浦安の役場に納めてある。御鹿狩は三代にわたり松戸の小金原で行われ、銚子から茨城・栃木、上総まで十六万八千人の人足が集められた。「人足十六人当代島村」と記した旗を先頭に獲物を追い、御立場の近くで大筒の合図とともに侍が射止めたと伝える。
原典より
27 流れてきた御輿28 田中内匠と内匠堀III 昔話〔動物昔話〕1 むりどん(古屋の漏り)2 しみずかに〔本格昔話〕—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・昭和55年頃刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・昭和55年頃刊)
市川民話の会編『市川の伝承民話 第1集』を全206話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。