畳が池
どんな伝承か
木更津市長須賀にある池。むかし源頼朝が安房から北上する途中、この池のほとりで昼の食事をとった。その時、村の者が畳を敷いて頼朝を迎えたので、畳が池の名が起こったといわれている。石橋山の合戦に敗れて安房へ渡った頼朝が、上総を北上して再起を図ったという道筋には、その休息や進軍にちなむ地名が房総各地に伝えられており、畳が池もその一つである。
原典より
昔、源頼朝が安房から北上の途次、この池のほとりで昼食をした。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
平野馨編『房総の伝説』を全245話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。