景行天皇の行宮跡と伝わる浮島神社
どんな伝承か
日本書紀や高橋氏文には景行天皇が安房を訪れたことが記される。天皇は皇子・日本武尊の東国平定の跡をしのぶため、五十三年十月に安房の水門を渡り、高橋氏文によれば浮島に仮の宮を設けた。浮島でカクカという鳥の声を聞き、姿を見ようと船を沖へ出すと魚が集まってきた。供の六雁命が角で作った弓で海をかき回すと魚が弓をくわえ、短い時間に多くの魚を獲った。この魚を堅魚と呼び、のちに鰹と書くようになったと伝える。膾にして献上すると天皇は喜び、膳大伴部の名を賜ったと日本書紀にある。行宮の場所には諸説あるが、鋸南町の浮島の中央に鎮座する浮島神社がその跡だという説が古くからある。
原典より
「日本書紀」や「高橋氏文」に、景行天皇が安房に来られたことが記されている。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
『房総の伝説』は、平野馨が安房・上総・下総の旧三国、ほぼ今の千葉県に伝わる伝説を選んで編んだ資料集である。ホトトギスやワラビの由来、片葉の芦や頼朝の箸の杉、弘法の井戸、将門や八幡太郎の話、坂戸神社の人身御供、証誠寺の狸など、動植物・石・池・地名・家・祭りにまつわる伝説を市町村名を添えて記す。はしがきに示す自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三部に分け、解説や論評を加えずに書き連ね、似た話のある土地も併せて挙げる。