花も実も対になる長胤寺の夫婦梅
どんな伝承か
京成実籾駅から千葉市幕張への街道を南へ約一キロ進んだ千葉市長作にある長胤寺は、幕末の火災で堂宇や寺宝を失ったが、本堂前の夫婦梅は江戸時代に有名で江戸にまで紹介されたという。この梅は必ず花が一対つき、実も二個結びついてなるとされ、植物学者は妖異植物と呼んでいる。花の時期には明治中期ごろまで近郷から見物人が集まったといい、明治二十一年春に建立された『浅からぬ夫婦ぶりなり月と梅』という句碑が残る。
原典より
京成実籾駅から千葉市幕張への街道を南へ約一キロほど進むと、千葉市長作の長胤寺という寺がある。—— 房総の年輪 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の年輪
『房総の年輪』は、房総各地の伝説・昔話・信仰の伝承地を一項ずつ取り上げた短い文章を集めたもので、著者と刊行の事情は原典に記されていない。香取の要石や真間の手古奈堂、松虫姫、源頼朝や義経の伝説地、沈鐘伝説、椀貸伝説、河童や天狗、海の怪異「もうれん」などを、『譚海』『上総国誌稿』や市町村の民話集を引きながら所在地とともに記す。各項は読み切りの小文で、昭和四十五年と四十七年の年頭に書かれた項を含む。