伊甚の屯倉
どんな伝承か
伊甚館の跡は、苅谷村字獅々谷にある。里伝ではこれを四天王天皇、あるいはひじ天皇と称し、宣化天皇四年に皇宮のため伊甚の屯倉を置いたという。社は南面し、内に幣を納めて安閑天皇を祭り、四妃を配祀するので、四天王天皇は四妃天皇の意であり、明治二年に四妃を四師と称し、後に天王祠としたのだという。『日本書紀』安閑天皇元年夏四月の条には、伊甚国造稚子直らが参上を怠って捕らえられ、恐れて後宮の内寝に逃げ隠れて春日皇后を驚かせた罪を贖うため、伊甚の屯倉を献じたと見える。里で獅子谷と称し伝えるのも、四妃天皇の名残であろうという。
原典より
伊甚館の跡は、苅谷村字獅々谷に在る。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。