一宮城主あごなし御曹子の名の由来
どんな伝承か
一宮町の一宮城主を、土地の人は「あごなし御曹子」と呼び伝えている。『房総雑記』の説では、「あご」は乳母、「なし」は産むことで、乳母が産んだ御曹子の意であり、室町時代にこの地にいた小さな城主の名残だろうという。この地方では妊娠や産後を見舞うのに「なしたか、なさないか」と言うのも、産むという語の用法である。『甲子夜話』は江戸のあごなし地蔵もこの類かと記す。その城主は正木大炊助といい、一説に鶴見某ともいうが、著者は正木大炊助が天正、鶴見某が文明年間の人らしいと考えている。
原典より
一宮城主を、土俗に相伝へて、あごなし御曹子と言つてゐる。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年))
『日本伝説叢書 上総の巻』は、藤沢衛彦が大正六年に編んだ上総国の伝説集である。夷隅・長生・山武・市原・君津の五郡にわたり、地名の由来、社寺の縁起、城と武将の事跡、大蛇や狐つきの怪異、俚謡や民間の風俗を、口碑や『総国誌』などの地誌から集める。巻頭に著者の序と緒言を置き、上総国と郡の名義を説いたのち、郡ごとに町村の所在を添えた見出しで一話ずつ並べる。