衣懸松
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どんな伝承か
里見義実が真里谷道環を攻めた際に本営を置いた要害山の松。源頼朝がこの地を過ぎた時、母衣を松に掛け「我が軍勝利あらば枯れるな」と念じた衣懸松として知られたが、慶応年中に落雷で失われたと伝える。
原典より
文明年中、里見義実が、真里谷道環を此の城に攻めた時、本営を置いたと言はれる水室山(要害山)の山上雨乞塚(里人はこれを愛治玉の首を埋めたる跡といふ)の近くに、源頼朝公の母衣(ほろ)を掛けたと称へらるる衣懸松(ころもかけまつ…—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。
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富津市の伝承
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