動かなくなった慶岸寺の子育地蔵
どんな伝承か
寛永の頃、江戸鮫河橋谷町の若槻権兵衛がこの地蔵を作り、相模のある寺へ運ぶ途中、慶岸寺の門前で休んだ。すると急に重くなって動かせなくなり、権兵衛はやむなく寺に泊まった。その夜、地蔵が夢に現れてこの寺に安置せよと告げ、住職も同じ夢を見たので当寺に祀ったという。以来子育地蔵として知られ、出産が迫ると駆けつけて蝋燭を供え、その灯が燃え尽きないうちに産み終えるよう願うと霊験があるとされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男(指導)・日本放送協会(編)/関敬吾・石原美子(編纂)・1949年(昭和24年))
『日本伝説名彙』は、柳田國男の指導のもとに日本放送協会が昭和二十四年に編んだ伝説の名彙である。全国の伝説を、その拠り所となる木・石・岩・橋・清水・淵・塚・坂・屋敷・地蔵などの地物の名ごとに集め、伝わる県郡村名を付して、郡誌・市町村誌や伝説集、民間伝承誌などの出典を括弧で示す。冒頭に柳田の「傳説のこと」を置き、木・石岩・水・塚・坂峠・祠堂の部に分けて、巻末に資料の解説と種類別索引を付す。