子を奉公に出して願う子育地蔵
どんな伝承か
越谷市野島の浄山寺の地蔵は、古くから子育て地蔵として遠くまで知られる。この寺では子の無事を祈ることを、子を地蔵の奉公に差し出すと言い表し、かつては子が生まれると信者が請状を出して奉公人にしたという。奉公に上げられた子の多さは、天保十二年に奉納された直径六尺、重さ二百貫の大鰐口が物語り、日本一の鰐口とまで呼ばれた。十方庵の『遊歴雑記』には、堂内に奉公人請状の案文が掲げられていたと記される。この地蔵は安永七年に江戸湯島天満宮で出開帳して以来、関東の各地へ出開帳して回ったという。
原典より
この寺では子供の安泰の願をかけることを、こどもを地蔵さまの奉公にさしあげるといっている。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。