飢えて自刃した将士を葬る首塚
どんな伝承か
上房郡の津川村・上竹荘村・巨瀬村が境を接するあたりに首塚がある。飢えに追い詰められた敗軍の将士が、ここで自ら命を絶ったところだと伝え、東へ数丁行った先には飢坂という地名が残る。永禄十年八月、宇喜多直家が松山の三村氏を攻めようと兵を出し、三昼夜の激戦の末に三村氏はついに降ったといい、この合戦の戦死者を葬った場所だともいわれる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。