霊験で参詣者を集めたお塚山
どんな伝承か
鎌田という所に、広さ二アールほどの小高い林があり、土地の人はお塚山と呼んでいる。天正のころの里見義弘に仕えた家臣、鎌田兵衛の墓だと言い伝えられている。明治の時代には小さな社が建っていて、信者が納めた小旗がいつも十五、六本並んで立っていた。それより前から、願い事がかなう霊験があるとされ、お参りに来る人が多かったという。
原典より
俗にお塚山と称しているが里見義弘(天正時代)の臣鎌田兵衛の墓と伝えられている。—— 白子町史 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
白子町史
『白子町史』は、千葉県白子町の歴史を記した町史である。一ノ荘、五井、驚村、南白亀、観音堂などの地名の由来、源頼朝の駒止橋や御殿山の伝説、宝暦の新川開鑿、驚獅子の雨乞い、田辺万吾や皆川検校の事績、お塚山の伝承を、由来記や家の文書、村誌を引いて記す。地名と伝説を十三の項に分けて述べ、続く第五節には常福寺のらかんまきや白子神社のなぎなどの天然記念物を図とともに載せる。