狐林を伐られ宝珠の玉を残した狐
どんな伝承か
常盤村長峰に狐林という林があり、明治一五年ごろまで狐が群れをなしていたという。この山は外様村の西掘某の持山で、その頃、同家の爺さんが朝早く畑へ行くと、狐が自分の穴へ帰ってくるのを見たという。この家では昔から四月二五日に赤飯を炊いて山へ持って行き、穴の入口に置いてくる習わしで、必ず狐が来て食べた。赤飯はいつも仏に上げるより先に与えていたが、あるとき後に与えたところ食べず、蒸籠をくわえて行ってしまった。明治三三年にその家が火災に遭い、三四、五年と狐林の木を伐って開墾したところ、狐は悲しがって畑の周りを鳴いて回り、どこかへ行ってしまった。その際、世話になった礼に「宝珠の玉」を置いていったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 9 (木霊・蛇)(松谷みよ子・現代民話考・昭和〜平成)