太平洋と日本海を桜でつなぐ車掌
どんな伝承か
昭和五四年六月まで、名古屋と金沢を結ぶ名金線という国鉄バス路線があった。岐阜、郡上八幡、蛭ヶ野高原、荘川、白川郷、五箇山を経る中部山岳地帯二六六キロの長距離路線である。そのちょうど中間にあたる岐阜県郡上郡白鳥町で生まれ育った佐藤良二さんは、この路線の車掌をしながら桜の苗木を植えつづけた人であった。昭和三五年、御母衣ダムに沈む荘川村のアズマヒガン桜の大木二本を一か月がかりでダムの上に植え替える作業を見、翌年みごとに咲いた花の生命力に打たれて、太平洋と日本海を桜でつなごうと思い立ったのである。給料をほとんどつぎ込み、一一年で二〇〇〇本ほど植えたところで力尽き、昭和五二年一月、四七歳で亡くなった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 9 (木霊・蛇)(松谷みよ子・現代民話考・昭和〜平成)