恩師のため伊賀川堤防に植えた桜
どんな伝承か
北設楽郡南津具出身の佐々木今朝吉は、小学校を卒業すると担任の女先生の生まれた岡崎のガラ紡屋へ奉公に出た。昭和一四年の春には岡崎伊賀町に家を建てて住むようになった。女先生は名古屋へ嫁いだがやがて病を得て稲熊町へ戻り、今朝吉は見舞に通うようになった。ある日、女先生は「私が死んだらあの丘のお寺の西の墓場にうめておくれ。そしてそのそばによしの桜を一本植えてくれ」と言い置いて死んだ。今朝吉はその臨終の言葉を動機に、桜を植えて亡き先生を喜ばせようと決心する。戦時下で桜を眺めるなど非国民、国賊とののしられながら、昭和一五年に五〇〇本、一六年に五〇〇本と植えつづけた。桜は今も伊賀川の堤防に咲き続けている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 9 (木霊・蛇)(松谷みよ子・現代民話考・昭和〜平成)