僧玄宗が愛した遅咲きの楊貴妃桜
どんな伝承か
興福寺の五十二段の石段を上がって左手にある桜で、奈良でいちばん遅れて花を開くことで知られる。昔、興福寺に玄宗という僧がいて、この桜をことのほか愛した。その名が唐の玄宗皇帝と同じであったことから、皇帝が寵愛した楊貴妃の故事になぞらえて、この木は楊貴妃桜と呼ばれるようになったと伝えられている。
原典より
興福寺五十二段の石段をあがった左にある桜で、奈良で一番おそく咲く桜である。—— 奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史)
『奈良市史 民俗編――伝説』は、自治体史『奈良市史』民俗編のうち、第十一章「伝説」と巻末の「民俗資料」の冒頭を収めたものである。昭和三十七年から三か年にわたり市内各町の自治会長や古老、社寺を訪ねて集めた伝説に文献の伝えを加え、春日大社・東大寺・興福寺などの社寺や、吉備真備・俊寛・中将姫らゆかりの人物にまつわる話を収める。木・石・塚・水・山・森・社寺・人物・動植物・町名の十節に分け、一話ごとに題を立てて記す。