馬方が馬を休めたどうどう石
どんな伝承か
江戸の末ごろ、八重久保に黒沢藤次郎という商売上手な人がいた。朝鮮人参を仕入れて自分の家で製し、大勢を雇って大いに栄えたうえ、米の仲買いもして上州へ売りさばいていた。上州へ米を運んだ馬方たちは、戻ると決まってこの石に馬をつなぎ、鞍を下ろして背や脚を洗ってやった。馬を止める時にどうどうと声を掛けたので、村人はいつしかこれをどうどう石と呼んだという。大石は今も上八重久保の道ばたにある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 民俗編 第1巻 3 (東信地方 ことばと伝承)(長野県史)
『長野県史 民俗編 第1巻(三)東信地方 ことばと伝承』は、長野県史の民俗編のうち東信地方の伝説と世間話を抜き出したものである。植物・石・水・塚・坂と峠・山・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・社寺・地名・禁忌などの伝えを、条ごとに採集地を添えて収める。双子池や白駒の池の主、望月の駒、甲賀三郎、ごまを作らない村々の禁忌、京の岩・宮下・菱野村の七不思議など、佐久・小県の土地の伝えが並ぶ。