権現坂の下で落馬死した馬方
どんな伝承か
享保十六年、守山町の権現坂の下で、馬方の平助という三十七歳の男が落馬して死んでいるのが見つかった。在所は須賀川中町であった。守山領内には三春街道が通り奥州街道とも接していたため、領内を行き来する旅人があり、こうして行き倒れる者も出た。行き倒れがあれば村役人が注進し、検視の役人が出張って死体を検め、身体の特徴や着衣、所持品を細かに書き上げて奉行所へ報告するのが定めであった。平助の場合は在所が知れていたので、引き取りに来た者から一札を取って死骸を渡している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。