五十軒中四十軒が寝込んだ時疫
どんな伝承か
元文元年の夏、守山領を時疫がおそった。金沢村では五十軒ほどの家のうち四十軒あまりが寝こんでしまい、麦作ができないばかりか稲の刈り入れさえできぬありさまだと記録されている。村内の家の八割方が同時に床についていた計算になる。藩と村は明王山で疫病除けの祈禱をおこない、大般若経の転読で病難を退けようとした。公衆衛生という考えも、伝染する病についての知識も持たなかった当時、疫病は村中をなめつくすように広がり、その犠牲は甚大だった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。