正体を言い当てた梅円坊の化け物退治
どんな伝承か
昔、布施の西の山のお堂に毎晩化け物が出て、住んでいた坊様も亡くなり、無人の堂となった。あるとき越後から漢学に通じた雲水の梅円坊が来て、武芸の心得もあるので構わぬと住みついた。丑の刻、化け物が現れて「サイチクリンノハッケイ」と名乗ると、梅円坊は西の林の白い鶏かと見破り、化け物は消えた。続く「ナンチノタイリ」は南の池の大鯉、「ホクコクノロウコ」は北の谷の老狐と言い当てると、皆逃げ去った。翌朝話を聞いた村人は三匹を探し出して退治し、酒盛りで食べてしまった。以後化け物は出ず、梅円坊は村で漢学を教えたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
望月町誌 第2巻 (民俗編)(望月町誌)
『望月町誌 第2巻(民俗編)』の伝説の節を抜き出したものである。旧望月町(いまの佐久市)の集落ごとに、植物・石・清水と池・岩穴と塚・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・稲荷・動物・巨人・化け物・禁忌・カッパ・地名の伝えを並べる。望月の駒と生駒姫、梅円坊の化け物退治、彦狭島王の王塚、長者原の長者、ゴマを作らない村々の言い伝えなどが見える。