旅の僧を葬った坊主畑
どんな伝承か
今から百年ほど前とされるころ、駒形のこのあたりへ一人の旅の僧が流れて来て、ある屋敷の女と恋仲になり夫婦となった。やがて僧は病を得て亡くなったが、亡骸は屋敷の墓には入れられず、棚辺家の墓との境に葬られた。そのことから、この一帯を坊主畑と呼ぶようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
平田村史 第3巻 (民俗編)(平田村史)
『平田村史 第3巻(民俗編)』の昔話と伝説の章から、伝説と世間話の節を抜き出したものである。福島県石川郡平田村の大字・字ごとに、八幡太郎義家や日本武尊にまつわる地名の由来、河童石、姥捨ての十石山、平堂内の大蛇、鶴殺し南兵衛、狐に化かされた村人の話などを収める。阿武隈の山あいの村に残る、石と塚と小さな祠にまつわる伝えが中心である。