狐の飛脚を祀った与次郎稲荷
どんな伝承か
慶長七年に秋田へ移された佐竹義宣は、久保田山の新城で毎夜悪夢に苦しんだ。蟇目の法を行うと老狐が現れ、すみかを与えてくれれば江戸と秋田を六日で往復する飛脚になると願った。やがて仕えた若者の与次郎はその約束どおりの速さで走った。六田宿の間右衛門の宿の娘お花は与次郎を慕ったが、幕府の隠密は宿の主と猟師の谷蔵を金で抱き込んだ。油で揚げた鼠の匂いに抗えなかった与次郎は撃たれ、網をかぶせられて殺された。その後、谷蔵は狂って一家もろとも死に、村には疫病や火事、日照りが続いた。祟りを恐れた村人がその霊をまつったのが与次郎稲荷の始まりという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東根市史 別巻 上 (考古・民俗篇)
『東根市史 別巻 上(考古・民俗篇)』の伝説と民話の節を抜き出したものである。山形県東根市の藻が湖と東根・西根の地名、黒伏山の御穴と竜灯、御所山の天狗と甘露水、自牧寺の七妖怪と夢窓国師、マリア観音、若木神社の縁起、大滝の大カツラと乱川の起源、三ッ屋の竜灯や人形渕などの民話を、項目ごとの箇条で収める。