悪路王が根城にした達谷窟
どんな伝承か
大滝根山の南西の中腹に口を開ける洞穴で、土地の人は鬼穴と呼ぶ。入口は四尺ほどの四角い横穴だが、入ると二間四方、高さ七、八尺の広間があり、八畳敷と呼ばれている。さらに奥へ進むと段があり、狭い口をくぐるとまた広い所に出る。その先には釣瓶落しや千畳敷という場所があって、どこまで続くのか分からない。穴の中は真っ暗で、いつもコウモリが群れている。言い伝えでは、蝦夷の首領の高丸や悪路王らがこの山を根城に賊を集めて暴れ回り、最後は坂上田村麻呂に討ち滅ぼされたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
滝根町史 第3巻 (民俗編)
『滝根町史 第3巻(民俗編)』の口承文芸の節から伝説を抜き出したものである。福島県田村市滝根町(菅谷・神俣・広瀬)の大滝根山の田村麿と大滝丸、入水寺の観音、小野小町の伝え、鶴ヶ池物語、人柱茂左衛門、曽富登神社、六句の坊、片手観音、三本足の鳥、姥捨山などを収める。古い村誌の文語の引用と聞き書きの口語が混じる。