小町の産湯を汲んだ生産水平
どんな伝承か
菅谷の柳町にある生産水平という地名の由来。小野篁が陸奥へ下ったとき、小野の広瀬に着いて山のふもとに館を構え、政務をとったと伝わる。そのころの郡代は近藤左衛門義家といって玉造にいた。篁はのちに娘をもうけ、その産湯に柳町の千歳清水の水を使ったので、以来その場所を生産水平と呼ぶようになったという。土地の人は、この娘が玉のように美しく育ち、八歳で宮仕えに出た小野小町だと語り伝えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
滝根町史 第3巻 (民俗編)
『滝根町史 第3巻(民俗編)』の口承文芸の節から伝説を抜き出したものである。福島県田村市滝根町(菅谷・神俣・広瀬)の大滝根山の田村麿と大滝丸、入水寺の観音、小野小町の伝え、鶴ヶ池物語、人柱茂左衛門、曽富登神社、六句の坊、片手観音、三本足の鳥、姥捨山などを収める。古い村誌の文語の引用と聞き書きの口語が混じる。