船中で人語を忌む海の怪
どんな伝承か
出羽の国は陰地でいつも曇りがちだから人も陰気で幽霊が多いといい、松前の奥の蝦夷地もまたそうだと伝え聞くと筆者は記す。筆者自身が遭った怪異は瀬戸内の海路である。十七、八年前、讃岐の金比羅に詣で、厳島へ渡ろうとしておんどの瀬戸を過ぎたころ、船頭が急に「しゃべってはいけない」と人語を制した。烏帽子のようなものが浮いて船と行き違ったといい、後に聞けば船を覆す海蛇だった。ほどなく霧の彼方から童子の声で「ほいほい」と三度呼び、船人は手で人を制して答えた。船幽霊であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談集 幽霊篇(今野圓輔・今野圓輔・日本怪談集・1969年(昭和44年))
『日本怪談集 幽霊篇』は、今野圓輔が昭和四十四年に編んだ幽霊体験談の集成である。新聞・雑誌・単行本や民俗の報告、編者自身の採集から、影や物音、人魂、生霊、死の知らせ、皿屋敷、戦死者の霊、船幽霊、タクシーに乗る幽霊など、日本各地の人びとが見聞きした怪異を、作家の創作を除き原文を尊重して再録する。十章に分けて各章の頭に編者の解説と注を置き、巻末に産女や子育て幽霊を論じた「幽霊外伝」と木原浩勝の解説を付す。