霧の海から三度呼ぶ童子の声
どんな伝承か
伴蒿蹊が十七、八年前にみずから出会った怪異である。讃岐の金比羅に詣でたあと厳島へ渡ろうとして、おんどの瀬戸を過ぎたところで船を泊め、夜明けを待って漕ぎ出した。二、三里ほど進んだころ、烏帽子のようなものが浮かんで船とすれ違い、船頭は口をきくなと皆を制した。やがて深い霧の中、東北の方角から十三、四の子どもの声で『ほいほい』と三度呼ぶ声がし、船人は手ぶりで一同を黙らせ、声のほうへ答えを返した。友船も島影も見えず、あとで思えばこれが船幽霊だった。船の上ではこの種の話をひどく忌むので、その場では尋ねられなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談集 幽霊篇(今野圓輔・今野圓輔・日本怪談集・1969年(昭和44年))
『日本怪談集 幽霊篇』は、今野圓輔が昭和四十四年に編んだ幽霊体験談の集成である。新聞・雑誌・単行本や民俗の報告、編者自身の採集から、影や物音、人魂、生霊、死の知らせ、皿屋敷、戦死者の霊、船幽霊、タクシーに乗る幽霊など、日本各地の人びとが見聞きした怪異を、作家の創作を除き原文を尊重して再録する。十章に分けて各章の頭に編者の解説と注を置き、巻末に産女や子育て幽霊を論じた「幽霊外伝」と木原浩勝の解説を付す。