日輪を招き返して開いた音戸の瀬戸
どんな伝承か
永万元年七月十六日のことと伝える。安芸守平清盛は、平家一門が尊崇する厳島神社への航路を開こうと、音戸の瀬戸を一日で掘り抜く大願を立てた。人夫たちは成し遂げられるとは思わず、夏の長い日もやがて暮れかかる。潮が押し寄せれば二度と成らぬと歯ぎしりした清盛は、固村の丘に上り、高島山の岩頭に立って金扇をかざし、西に沈もうとする日輪に返せ返せと呼ばわった。すると日は舞い戻り、工事は成就したという。海峡の鎮めに経石を沈めて建てたのが清盛塚で、この瀬戸を御塔の瀬戸とも呼んだ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第10巻』は、全国の伝説を型ごとに分けて集めた叢書の一巻である。岡山・広島・山口の三県を伝承地とし、蘇民将来、吉備津彦と温羅、厚狭の寝太郎、化け猫、河童駒引き、夜泣き石、姥棄て山などの伝説を、聞き書きや市町村誌、民話集から採って収める。「文化叙事伝説」と「自然説明伝説」の部に分けて番号順に並べ、各話には伝承地と本文のあとに〔類話〕と近世の地誌などを引く〔文献〕を添える。