水も炎となった清盛の熱病と悶死
どんな伝承か
平家に背いて源氏に心を寄せる者が国中で蜂起するなか、平清盛はにわかに病に倒れた。京中の人々は、悪業の報いがついに現れたとささやき合ったという。病は激しい熱病で、浴槽に水を満たして身を冷やそうとすると水はたちまち沸き立って湯になり、筧で水をかければ焼けた石や鉄に当てたように飛び散った。たまたま体にかかった水は炎となり、黒煙が殿中に満ちたと伝わる。清盛は供養は無用、頼朝の首を墓前に供えよと遺言して六十四歳で悶え死んだ。著者は、悪業に泣いた人々の怨霊のしわざだと読んでいる。
原典より
やがて、清盛は、自分の死後の供養はいっさい無用、ただ早く、怨敵たる頼朝の首をとって墓前にそなえてほしいと遺言して悶死する。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。