大松明が巡る大善寺の鬼夜
どんな伝承か
玉垂神社は筑後三潴郡大善寺村にあり、社伝では白鳳元年の創建と称するが、高良神社の分祀であろう。毎年陰暦正月七日に風変わりな追儺の儀式が行われ、これをオニョ(鬼夜)と呼び、筑後一円はもとより肥前からも人を集める。この祭式は昔から他言禁制で、維新前まではこの地方へ養子に来た者に血判の誓いをさせた。神事は夜十一時頃、暗闇になる頃から始まる。村々は六団に分かれ、直径約四尺、長さ約七間という大松明を作る。裸の氏子たちがこれを担いで境内に運び入れ、本殿から出た鬼火で点火する。六本の大松明が炎を吐いて本堂をめぐる間に、本地堂に籠もった鬼は六回、人目に触れぬよう堂の縁の下をめぐらねばならないという。
原典より
こころがこの祭式は昔から他言禁制で維新前までは秘密を墨守するために此の地方に養子に來た者は血判の誓をなし他國から入込んで來た者も永住の見込あるものだけを加へて氏子入の式なるものを行ひ他言禁制を起誓せしめたものである。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。