泥棒を追い払った蚊帳の幽霊画
どんな伝承か
久留米市寺町の誓行寺に、幽霊の懸物と称する一幅の軸が伝わる。かつてこの寺の住持某は碁に長じ、筑前博多に出て黒田家に客として仕え、毎夜館に上っては碁の相手をしていた。ある夜、額をひどく蚊に食われた痕を残して参上すると、公が咎めて蚊帳を持たぬのかと問うた。住持は、一張持っていたが先夜盗賊に盗まれ、気づいてはいたが泥棒も可哀そうに思いそのまま持ち去らせたと答えた。公は奇行に微笑んで蚊帳を与えたが、程なく再び盗まれた。二度目に賜った蚊帳へ住持が幽霊の絵を描き添えると、三度忍び入った盗賊は蚊屋の側に立つ幽霊に驚いて逃げ去った。以来住持は幽霊画家として名声を博したという。
原典より
剛膽な盗賊は三度較張を盗まうこ住持の許に潜入したが蚊屋の側に幽靈の立つて居る姿にびつくりし這々の體で逃去つた。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。