金比羅宮の踊りで腰を抜かした二三十人
どんな伝承か
勢見の金比羅宮では、一昨日から人々がここばかりで踊り続けていた。とりわけ女の踊り手は、片足を精いっぱい上げて左右に振っていた。そのうち一人の女の腰のあたりで、煙管の羅宇が折れたようなぽきりという音がした。二十歳前後のきれいな女が真っ青になって地べたにへたり込んだので、見ず知らずの男が抱き起こそうとしたが、女は腰を押さえて苦しむばかりだった。腰の関節が外れたのである。男が女を人垣の外へ連れ出し、案内されて木陰へ行くと、そこには筵の上に腰の抜けた男女が二、三十人も横たわって手当てを受けていた。
原典より
勢見の金比羅宮でのことだつた。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年))
『阿波えゝぢやないか』は、山口吉一が一九三一年に著した、幕末の「ええぢゃないか」騒動の記録である。慶応三年の暮れに阿波で起きたお札降りと踊りの騒ぎを、県内の古老五十余人からの聞き書きと郡村史誌などの記録によって、起因・神異・服装・歌謡・禁忌などの面からたどる。徳島日々新報への連載をまとめたもので、概観篇・詳述篇・挿話篇・補遺篇から成り、鳥居龍蔵の序、話者の古老の一覧、太田明の「御下り踊私考」を付す。