休職を命ぜられた念写研究者
どんな伝承か
明治の末から大正にかけては唯物の思想が学界と官界を覆っていた。長尾夫人の実験が騒ぎになると、丸亀中学の校長や教諭は千里眼に関わるなと戒められ、長尾判事も司法官がそんな問題に首を突っ込むなと上司に言われた。福来が追放されるという噂が広まると、高橋宮二は妻のために惨事を招いてはと考え、池袋の山川健次郎邸を訪ねて実験に出るよう促したが断られる。大正二年十月二十七日、福来は休職を命ぜられた。本人は記者に、透視念写の研究と無関係とは言えないと語っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
念写発見の真相(山本健造・念写・超心理研究・1980年(昭和55年))
『念写発見の真相』は、飛騨に住む山本健造が著した福来友吉の伝記と学説紹介の書で、はしがきは昭和五十五年十一月三日付である。念写を発見した福来の幼少期から、東京帝大での透視・念写実験と追放、宣真女学校長・高野山大学教授の時代、仙台での晩年までをたどり、著者による高山市の福来博士記念館建設の経緯や六次元の原理を述べる。全十五章からなり、第二章に福来の論文「弘法大師の御霊影」を再刊のことばとともに収める。