墓を暴いて屍を喰うほうそう婆
どんな伝承か
文化年間の初めのころ、宮城郡七ヶ浜村の大須という村に疱瘡がひどく流行し、大勢が死んで毎日のように墓地へ運ばれ埋葬された。ところが何者の仕業か、墓所が暴かれて亡骸が攫われ、あるいは喰い荒らされた。村人は亡骸を地中深く埋め、石で囲んで大石をのせ、祈禱までしてもらったが、一夜のうちに卒塔婆や石垣は散らされ、亡骸は失せて衣類や毛髪だけが残された。名主の息子三人が相次いで死んだ折には篝火を焚き猟師二人に見張らせたが、土を掻く音に忍び寄ると、うごめくものは柴木立を薙ぎ倒して逃げ去った。数年後、市日に出た老女が、山の上で一丈余りの赤ら顔に白髪の老婆に似たけものが大石に腰かけているのを見て倒れたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
怪談の世界(山田野理夫・昭和中期(1977年頃))
ザシキワラシ(座敷童子)と福の神(怪談の世界)/遠野・東北の怪異伝承/家運の盛衰と怪音/妖怪と幽霊譚/山田野理夫の怪談採集