菅江真澄が記した恐山の地獄
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どんな伝承か
著者は津軽の旅で泊めてもらった百姓家で、菅江真澄の写本「まきのふゆかれ」をはじめて手にした。それは真澄が寛政四年十月に下北地方を回遊したときの記録で、著者は宇曾利山すなわち恐山の一節に心を惹かれた。堂はみな冬籠りで閉ざされて淋しいが、湯の沸き返って流れる声と石の油の燃える音が山谷に響きわたる。堂では法師が鉦を打ち鳴らし、この山は慈覚円仁大師が開いて地蔵菩薩を刻んだと語った。硫黄の燃えるなまこの地獄、箸塚、修羅道、九階地獄、賽の河原、血の池、塩焼き地獄などが雪の下に埋もれ、塩焼き地獄の石の上には塩が霜のように積もっていたと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東北怪談の旅(山田野理夫・昭和49年(1974年)頃)
東北怪談の旅(山田野理夫)/飢饉の非業の死と怨念/巫女(イタコ)の口寄せ/座敷童子・河童の怪/東北各地の幽霊伝承
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