妙法寺の墓地で消えた不機嫌な老人
どんな伝承か
昭和四十年の火葬場の一件から数年後、たしか昭和四十三年の六月、梅雨の雨が降る夕方のこと。語り手は家への近道として、堀の内のお祖師様で知られる妙法寺の広い墓地を通り抜けていた。青い梅の実が転がり、紫陽花が濡れて咲く敷石の道を歩いていると、左手十メートルほどの墓の間に、茶と黒の縦縞の着物を着た七十歳ほどの老人が、ひどく不機嫌な顔で立っている。顔はこちらを向いているが目はうつろだった。五メートルほどに近づいた途端、老人はぱっと消え、探しても跡形もない。家族に墓を放っておかれ無縁仏になりかけていたのではと語り手は考えた。まもなく墓地の一角は取り払われ、八階建てのマンションが建ったという。
原典より
私と老人との距離が五メートルぐらいに縮まったとたん、パッ!と、老人の姿は消えました。—— お化けについてのマジメな話(平野威馬雄・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
お化けについてのマジメな話(平野威馬雄・1974年(昭和49年))
『お化けについてのマジメな話』は、平野威馬雄が昭和四十九年に著した幽霊とお化けをめぐる随筆である。自ら主宰する「お化けを守る会」に寄せられた体験談や、大阪の毎日放送のラジオ番組で聴取者が電話で語った話を軸に、前世や霊媒・降霊実験など海外の心霊研究、井上円了の妖怪論、古い記録に見える犬神などの憑きものを取りあげる。体験談から死後の世界、お化けを呼ぶ方法、昔のお化けへと進む八章立てで、巻末にあとがきを置く。