飯田蝶子さんの話
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どんな伝承か
女優飯田蝶子の話。昭和十八年か十九年の六月ごろ、高輪の自宅の前でのこと。戦争が激しくなり防火訓練をやらされ、その日は町内で一人ずつ自宅の前に立つ番であった。向かいの家は若い女とその母が住み、若い方は二号さんだとうわさされていた。夜の一時ごろ立っていると、目の前に白い浴衣を着たきれいな女がいる。母が、お暑うございますと言うと、ご苦労さまでございますと丁寧に挨拶を返した。女中と交代して家に入り、こんな時に白い浴衣とはのんきだと話した。翌日、向かいの家には忌中の札が貼られ、昨夜娘が亡くなったと告げられた。灯火管制で真っ暗なのに柄まではっきり見えたのも不思議だという。
原典より
時は、昭和十八年か十九年の六月ごろ。—— お化けについてのマジメな話(平野威馬雄・幽霊・怪異体験・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
お化けについてのマジメな話(平野威馬雄・幽霊・怪異体験・昭和)
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