内股の題目で確かめた松公の転生
どんな伝承か
東京の杉並区堀の内にある火葬場の敷地に、松公と呼ばれる名物乞食の松太郎が掘っ立て小屋を建てて住んでいた。学もあり人柄も確かで知人が多かった。昭和十年十月に死んだとき、日ごろの善行に感じ入った人々が立派な葬式を出し、特に親しかった山崎平三郎は松太郎の内股に題目と名、自分の住所を書き、よい親のもとに生まれ変わって来いと祈った。昭和十三年十月、大阪の人が山崎を訪ね、昭和十一年に生まれた息子の内股に同じ字が浮かび、拝んでも消えないと訴えた。山崎が大阪へ行き、題目を唱えながら濡れた脱脂綿で拭うと、字は跡形もなく消えた。
原典より
ディケンズの代役彼岸の情景地獄めぐり涙のさいの河原極楽浄土へそもそも霊魂とは何かお化けの大家円了博士はかく語った—— お化けについてのマジメな話(平野威馬雄・幽霊・怪異体験・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
お化けについてのマジメな話(平野威馬雄・幽霊・怪異体験・昭和)