妾の情夫を追った箱根までの尾行
どんな伝承か
ある紳士は三年前に新橋の芸者を囲ったが、生まれた子は自分の胤とは思えず、不貞を責めて追い出した。ところが女は、この子は旦那の種だとして三万円の養育料を求める訴訟を起こしたため、紳士は情夫を突き止めてほしいと依頼した。私は赤坂台町の妾宅を張り込み、旅支度で出てきた女の車を追って新橋停車場へ入る。同じ列車に乗ると、品川から乗り込んだ二十八、九の男が赤子を抱こうとし、女は坊やお父つさんに抱っこするかと言った。二人は国府津で乗り換え、塔ノ沢の稲住楼に夫婦として投宿した。私は懐中写真機で証拠を収め、依頼主は勝訴した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊を退治(林田龜太郎(述)/曉汀(筆記)・新公論 1915年1月号・1915年(大正4年))
『幽霊を退治』は、衆議院書記官長の林田龜太郎が語り、曉汀が筆記した雑誌記事「幽霊を退治した實驗」である。堂ヶ島の宿で保養中、幽霊騒ぎで客が去ったと聞いた語り手が、宿の者の目撃談を聞き取ったうえで短刀や短銃を携えて夜の崖道へ出向き、青い怪火が古株の燐火、幽霊の姿が草と苔の生えた岩角であったと突きとめるまでを一人称で述べる。ファイルの前半には、新橋の芸者の不貞を尾行で調べた別の探偵実話も収める。