物付きで失踪し全快した佐十
どんな伝承か
寛政五年、御代田村の佐十が乱心したため指籠を建てることになったが、その建造中に佐十は行方不明になってしまった。『御用留帳』はこれを「行物付」と記している。翌寛政六年、物付の佐十は全快したので指籠から出したいという願書が出され、許可された。守山領では、乱心の者を指籠すなわち木造の座敷牢に収容するさいも、快気して出すさいも、親類・組合が願書を出し、村役人の吟味を経て奉行所の許可を得る手続きが定められていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。