茄子と木瓜を禁じた麻疹の廻文
どんな伝承か
安永五年は三月から諸国に麻疹が大流行し、多くの死者を出した。守山領でも村々に麻疹と腹病がはやり、領内三十か村へ廻文がまわされた。村役人は油断なく祈禱や神送りの神事を執りおこない、病難が退くよう早々に取り計らえという。あわせて、麻疹をわずらう者が湯水を使うのはもってのほか、茄子と木瓜は麻疹の禁物で、食べればたいてい痢病になると戒めている。江戸でも麻疹が流行し、茄子と木瓜の値がまったく付かなくなっていると伝え聞くとも記された。廻文は村ごとに庄屋が請印し、最後の正直村から返すことになっていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。