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江戸まで眼を治しに出た領民たち

所在地福島県郡山市
年代明和8年(1771)〜慶応3年(1867)
登場深作平太ら領民多数、与左衛門、眼疾の療治で江戸へのぼった下行合村の百姓
出典疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情

どんな伝承か

守山領では、領内の医師にかかっても治らないとき、二本松の城下をはじめ信州や江戸にまで療治に出かけた。『御用留帳』に残る他出の願書を見ると、明和八年の深作平太から慶応三年の円通寺まで、とりわけ眼病を治すため江戸にのぼる者が多い。当時の眼科の水準は低く、眼疾によって失明する者が少なくなかったためである。寛政七年には下行合村の与左衛門が眼疾の療治のため江戸へのぼり、逗留のあいだに成田不動へ参詣している。腫物、痰症、痔疾、寸白といった慢性の病でも、十四年半にわたって延期願いを重ねながら江戸に留まる者があった。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))

本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。

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